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■知多市の山車まつり
寺本の八幡神社に『八幡宮祭礼式の図』がある。宝暦五年に寺本では三台の山車が巡幸の列に曳かれていたことがわかる。名古屋型の古い山車だが、文化年間には何らかの理由により山車祭りが廃止され、八幡神社の例祭には屋形(館)が村内を回るようになる。
岡田の山車は名古屋型と知多型の中間に位置する。古い浄瑠璃人形のからくりを伝承するなど貴重な資料を多く今に残している。
知多市では、岡田地区以外の地区で山車祭りが休止されているのが残念である。
(岡田)
里組の山車は元禄二年(一六八九)に建造された。知多半島の山車で記録に残るものとして最も古い山車である。現在の里組の山車は文久三年(一八六三)に再造されたものである。
奥組風車は天保十年(一八三九)に地元の宮大工藤田佐衛門によって建造された。中組雨車は他村より購入されたものという。
岡田の山車の特徴は、輪が外輪型であるのに知多型山車特有の前山を備えていることだ。大田の山車と共通することろがある。古い名古屋型山車から知多型山車へ発展する過渡期の山車構造として注目したい。いずれの山車も、山車本体は地元の大工匠藤田佐右ヱ門と雅房、宗雅らによって建造されている。それだけに地方独特の個性をもった山車でもある。彫刻は瀬川治助重光による。
(中小根)
中小根の山車は高横須賀の今川組より明治四十一年に購入している。高横須賀の祭を知るために貴重な山車である。古い写真で推測すれば、花飾りと「祇園祭」の堤灯に隠れて定かでないが、名古屋型の山車のようである。上山には二体のからくり人形が乗っている。
(松原)
松原の山車は前山、四本柱がなく、上山の屋根も小さい。上山の四周を幕が張り巡らされている。上山人形が演じられたのであろうか。古い型の山車のひとつである。
(北粕谷)
北粕谷の祭礼は八社神社に山車が一台奉納される。四本柱に昇龍降龍が絡みつく知多型山車である。昭和二年に板山の大湯組より購入したもので、元は亀崎の花王車といい、現在の花王車と比較するためにも実見してみたい山車である。
(新舞子)
新舞子の白山社にも山車が一台奉納されていたといわれる。
(大興寺)
大興寺の山車は隣村の岡田の山車に類似する。壇箱の巾が広く、その位置もかなり低い所に設けられている。
知多市のこれらの山車がいずれも休止中であるのが残念である。せめて調査がなされ、貴重な資料だけでも手に入ればと思っている。
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